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次の衆議院選での野党統一候補の勝利のために

次の衆議院選での野党統一候補の勝利のために
2016年7月27日          加藤久雄
1 この文書の意図
 この文書は、「第24回参議院選の結果と「市民連合」の今後の活動について」(案)の補足です。
(案)について、「よく分からない」との意見がありましたので、「補足」が必要であろうと思われるいくつかの箇所について述べていきます。
(案)は、「市民連合」共同代表としての文書ですが、これは加藤個人としての文書です。なお、この文書は以前から提案している「市民運動で心がけていきたいこと」の一つの説明にもなっています。

2 敗因を細大漏らさずとらえ、総括することについて
 岐阜県での野党統一候補は、野党の基礎票を7万ほど伸ばすという大健闘をしましたが、差を縮めるどころか差を広げられて敗北しました。その敗因を総括することは、言うまでもなく、次の国政選挙で勝つためです。
 次の国政選挙は、1年8ヶ月以内に行われる衆議院選挙です。安倍自公政権は改憲への道=戦争への道への暴走に拍車をかけてくることでしょう。今後、どのような事件・事態が起きてくるかは分かりませんが、世論の動向を見ながら、改憲勢力にとって最も有利な時期に衆議院選挙を仕掛けてくるに違いありません。
 いつ仕掛けられてもいいような体制を、市民と野党の側はできるだけ早く創り出していかねばなりません。十分な総括論議を踏まえた、(案)にあるような様々な取り組みを進め、今年中に「市民と野党の共闘」による衆議院全区(5つ)で野党統一候補を実現させる。これぐらいのスピード感のある活動が求められていると思います。

3 「野合」批判への対応について
 「野合」批判に対して、「自公政権こそ野合ではないか」という反論は、すでに向こうの土俵にのっかってしまっています。受け身になってしまっています。
 「国民・市民の声が野党共闘を進めたのです。それを野合と言うことは、国民・市民を侮辱している、国民・市民をバカにしていることです」「今までもそうですが、これからも国民・市民の声を聞かないことの現れです」という、攻勢的な反撃が早くから必要だったと思います。

4 「アベノミクスは道半ば」への対応について
 ①税金の取り方、②税金の使い方、③働かせ方の反論は、説得力がありますがインパクトが弱かったように思われます。
「アベノミクスは失敗している」「間違っている」「アベノミクスは戦争への道だ」と本質をズバリとつく反撃が必要だったと思います。
 同じ手口で3度目も「だまされた」ことについて、深く反省したいものです。

5 「今までと同じことの繰り返し」について
 「3、4は後出しジャンケンではないか」と言われれば、「そうです」と答えるしかありません。候補者や市民の側の街頭での訴えなどについて、「これでいいのだろうか」という疑問を持ちながら、ポスティングや電話かけに追われてしまったことを、「今後は同じ失敗はしない」と痛切に反省しています。
 公示後の「ピースハートぎふ」の精力的な活動は、今までに見られない画期的なものでした。しかし、「無党派層を5割しか獲得できなかった」ことを「今までと同じ事の繰り返し」ではなかったかという観点から総括してみる必要があるように思います。
 候補者の肉声の訴えは重要です。候補者と民進党の選対が、「何にどう反撃し、何をどう訴えるか」「岐阜県民が求めている岐阜県での争点は何か」「選挙情勢全体をどう見て、どんな手をどう打つか」などの打ち合わせをどの程度したのかは分かりません。また、今度の衆議院選で「野党と市民の共同の選対」が持てるかどうかも定かではありません。 
 しかし、「今までと同じ事の繰り返し」を克服するために、市民の側で選対を設置すべきでしょう。そのことに専念できる担当者を置き、そこで検討したことを、野党の選対や「岐阜総がかり行動」賛同団体・個人にスピーディーに伝える体制は、次の衆議院選で勝つためにどうしても必要だと思います。

6 「自民党の組織の締め付け」をどう見るかについて
 「日本の選挙は「お祭り」選挙だ。選挙民の多くは、公約ではなく日頃の人間関係やつながりで投票している」との指摘があります。自民党への投票は、「冠婚葬祭などのつながりで頼まれた人」、「会社や団体・組織の締め付けとノルマで投票した人」が多かったように思われます。
 「会社・団体・組織の締め付けは、利益誘導や力によるパワーハランスメントだ」と、反撃できないでしょうか。パワハラは、立場を使った暴力的な力による人権侵害です。最大の人権侵害である「戦争」への道につながっています。
 教育の場である学校でも、パワハラは常態化しているといっても過言ではありません。教師と子どもの教育関係の中でも、然りです。子どもに対する直接的な「体罰」は減りつつあっても、おどし、みせしめ、はずかしめなどのパワハラによって子どもを管理し従わせることは減ってはいないように思います。日本の子ども達は、力の強い者の顔色を伺いながらそれに従うことを、学校生活や授業の中で日々刻々と強いられているのです。あらゆる場でのパワハラを可視化し、もっと大きな問題にしていく必要があると思います。
 
7 「連合」への対応について
 「岐阜でなぜ当選させることができなかったのか」、それは「市民と野党の共闘」が気持ちよくできなかったことが最大の要因でしょう。「連合」への今後の対応については、(案)に具体的な方途がいくつか書かれています。
ボタンを一つ掛け間違えたら「統一候補」すらできない、とても困難な課題ですが、市民の側がこの課題にチャレンジしなければ、次の衆議院選での「市民と野党の共闘」も成功しないでしょう。時間をかけてもいいので、知恵を寄せ集めて、何としても解決したい課題です。当選を勝ち取った県が11もあるのですから、岐阜でも必ずできるはずです。

8 政治活動・選挙活動について
今回の参議院選のキーワードの一つは、「市民参加型の選挙」(=市民の力で政治を変える)でした。市民運動の側にあった「政治活動・選挙活動への躊躇」が徐々に克服され、市民参加型の選挙が展開できるようになったことは、大きな成果でした。
しかし、「本気の温度差の解消」「候補者と選対と野党と市民の情報の共有」「情勢の確かな分析と確かな行動」などの課題は、依然として残されています。
「私たちで、選挙つくりましょう。私たちで、市民が参加できるプラットホーム、場所、機会をつくりましょう。私たちの生活の不安や不満を、政治に反映させましょう。私たちで、「争点」をつくりましょう。政治家を下から眺めるのでなく、政治家と同じ高さから政治を語りましょう。私たちは、政治をかえることができるのです」(「市民連合 参院選2016ハンドブック」P.3より)。
「政治家と同じ高さから政治を語る」ことができるよう、引き続き努力していきたいものです。

9 市民運動の「自己サイクル」について
「教育実践の自己サイクル」が大事だと言う主張があります。「教育実践の自己サイクル」とは、「事実・現実・現状→(情勢)分析→方針(指導方針、活動方針、組織方針など)→実践→総括」の一連の実践的なつながりのことです。「市民運動とその活動」も、「教育実践」と同じように、この「自己サイクル」を大事にすることが求められていると思います。
 (注1)「自己サイクル」は、市民運動だけでなく政党にとっても必要なことは言うまでもありません。
 (注2)分析→方針→実践→総括のどれもが大事ですが、今は「総括」の時です。私は、参議院選挙
の結果について、「候補者、3野党、市民の側がそれぞれによくやったが、それぞれに足りな
い点があった」との見方をしています。「足りない点」がなければ野党統一候補を当選させる
ことができたはずです。
 「それぞれのよくやった点」を明らかにしながら、「それぞれの足りない点」をきちんと総
括しなければ、次の選挙での勝利はないでしょう。その際、大きな力を持ち、大きな影響力
を持っている組織ほど、その自覚を持ってきちんと「総括」すべきだと考えます。これは「よ
り大きな企業ほどより大きな社会的な責任がある」ことと同じです。

10 事務局会の設置について
 「集団づくり」という教育実践では、班を車のボディー、核(リーダー集団)を車のエンジン、討議を車のガソリンに例えて語られることがあります。「岐阜総がかり行動」のような市民運動で言えば、「岐阜総がかり行動実行委員会」という組織が車のボディー、3構成団体及び事務局会が車のエンジン、実行委員会での話し合いが車のガソリンにあたるでしょう。
 ですから、「岐阜総がかり行動実行委員会」や「ピースハートぎふ」に事務局会がないことは、ボディーがあってもエンジン部分がないことになり、いくらガソリンを注いでも車は走りません。早急に改善されなければならないでしょう。

11 会議の議案(原案)について
 「集団づくり」実践では、方針を言語化した原案(会議の議案)を大事にします。最初は教師が、①指導方針、②活動方針、③組織方針をもとに原案を作ります。
その原案には、①学級の様子(市民運動では、情勢分析)、②取り組みの目的、③取り組みの内容とプログラム、④役割分担、⑤取り組みの日程を書き込むことが実践的な原則とされています。
原案づくりは会議に先立つ前もっての準備であり、その準備の中心になる代表や事務局長の負担の大きさは十分承知しつつ、「岐阜総がかり行動」に対して、「主催者の意図が明確で十分な論議の出来る「議案」を提案すること」を要望しています。
議案がしっかりしていないと、肝心要の実行委員会の話し合い=「討議」も散漫なものになってしまいます。
 (注1)「指導方針」とは、現状の学級と子どもの実態の分析を基にした、どういう学級にしていくか、
子ども達にどんな力をつけていくかという「見通し」のことである。ここに、教師の子ども
観、教育観、集団観、指導観などが集中的に反映される。
市民運動にも「見通し」が必要なことは、言うまでもないであろう。
 (注2)「活動方針」とは、「見通し」の上にたち、原案で提示する当面の行事(活動)の必要性を明
らかして、子どもらの意欲・やる気引き出すことである。その行事(活動)に取り組むこと
によって、子ども・学級にどんな力を育てるかという「近い見通し」でもある。
市民運動では、「子ども」が「賛同団体・個人」にあたる。
 (注3)「組織方針」とは、子どもが必要としている組織(班、班長会、実行委員会、目的別小集団な
ど)を創り出し、役割分担をし、そのことによって学級の自治の力を組織的に保障していく
方針のことである。
 (注4)SEALDsの活動から、指導方針・活動方針・組織方針の有り様を学び直したいものです。
     「SEALDsには代表がいない」の組織論は、「民主主義運動の主体形成論」でもあるよう
     です。
詳しくは、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎×SEALDs著、河出書房新社刊)な
どの本をお読み下さい。

12 会議の持ち方について
「集団づくり」実践では、自分たちの集団を、誰もが人間として尊重される集団・誰もが居場所と出番のある集団へと高めていく「自治」の力を育てるために、会議の議案(原案)と共に「討議」(会議での話し合い)が最も重要だとされています。
「発言が偏らず、誰もが自由に意見が言えるような会議の民主的な運営」「総括や集会などの実務的なことに時間を費やすのではなく、大事な論点を明確にした会議の運営」は、当然のこととして追求していきたいものです。それは、議長(司会・進行)の力量に任せるのではなく、参加者全員で行われるべきことでしょう。
また、終わりの時間を守ることも重要です。何人たりとも他人の自由な時間を奪っていいはずはありません。時間泥棒は人権侵害です。「議案に時間配分を書き込むこと」は、「時間民主主義」を実現していく一つのすぐれた手段です。
学校現場にいる時、職員会議が午後5時の勤務時間内に終わるように、議案に時間配分を書き込んでもらい、時間をオーバーさせた人には、校長であれ教頭であれ、それを指摘し改めるよう要求し続けてきました。自分の自由な時間を奪われることは、人間らしく自由に生きることを奪われることなのですから、私たちはこのことをもっとシビアに追求すべきでしょう。
「講演の時間がオーバーするような講師は信用しない」ぐらいの自覚を持っていきたいものです。

13 最後に
「第24回参議院選の結果と「市民連合」の今後の活動について」(案)の提案がA4で3ページ、その補足がA4で4ページ。補足の方が長くなってしまいました。
本論の提案を見えないところで支えているのがこの「補足」ですので、「補足」を読んで頂いた後、
もう一度「本論の提案」を吟味して頂けたら幸いです。
 誰の言葉か忘れてしまいましたが、「負けた軍隊ほどよく学ぶ」。
学び、総括し尽くして、次の活動に明るく元気に立ち向かっていきましょう。
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